大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成元年(ワ)2409号 判決 1992年12月11日

当事者の表示

別紙当事者目録のとおり

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

(第一事件)

一  被告は同事件原告らに対し、別紙債権目録(略)1A欄記載の各原告らに対応する金員及び右各金員に対する平成元年三月三一日(本訴請求の日の翌日、以下同じ)から各支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は同原告ら(但し、原告2、13、20、28、32、35、40、42、50、51、52、55、75、77、78、79、80、83、84を除く)に対し、同目録B欄記載の各原告に対応する金員及び右各金員に対する同三年一二月一三日から各支払済まで前同割合による金員を支払え。

(第二事件)

被告は同事件原告らに対し、別紙債権目録2(略)記載の各原告らに対応する金員及び右各金員に対する同四年一月二三日から各支払済まで前同割合による金員を支払え。

(第三事件)

被告は原告中尾猛に対し、金一六万九七〇〇円及びこれに対する同年二月一三日から右支払済まで前同割合による金員を支払え。

(第四事件)

被告は同事件原告らに対し、別紙債権目録(略)1B欄記載の各原告に対応する金員及び右各金員に対する同年四月三日から各支払済まで前同割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告らは、被告に雇用されるタクシー乗務員であるが(一部は退職)、被告は、原告らに対する賃金の一部をなす利益分配金を算定するに当り、就業規則に反する高額な燃料(LPガス、以下、LPGという)費及び架空費用(諸施設費)を徴収したとして、各原告につき、昭和六二年三月から平成三年三月(以下、本件係争期間という)まで、右不当徴収により生じた別紙LPG使用量一覧表(略)の総LP差額欄記載の差額金を未払賃金として請求した。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 被告は大阪市に本社、豊中市他大阪府下各地に営業所を置き、従業員約八五〇名を有するタクシー会社であり、原告らはタクシー乗務員として被告に雇用されている(但し、一部は退職)。

(二) 被告には、相互タクシー労働組合(被告及び京都、神戸各相互タクシー株式会社にある三単組の連合会。以下、全相労という)傘下の大阪相互タクシー労働組合(以下、連合労組という)と、全相労から脱退した者らが昭和五七年に結成した自交総連大阪相互タクシー労働組合(以下、総連労組という)があり、原告らは総連労組の組合員である。

(三) 被告においては連合労組が多数派組合である。

2  被告の就業規則とタクシー乗務員の賃金体系(労働賃金と利益分配金)

(一) 被告及び京都、神戸各相互タクシー株式会社(以下、相互タクシー三社という)は、昭和五〇年一二月二五日、全相労と労働協約(以下、五〇協約という)を締結し、被告は、同五一年一月一〇日、五〇協約に基づく就業規則(<証拠略>。以下、五一規則という)を策定し、労働基準監督署(以下、労基署という)に届出た。被告は、同六一年一一月一〇日、旧(五一規則を改訂したもの)就業規則の一部を改訂し(以下、本件規則という)、労基署に届出た。

(二) 五一規則及び本件規則によると、タクシー乗務員には専用乗務車両が提供され、その総賃金は、基本的労働賃金(別表<1>(略)の労働賃金欄記載の各項目の合計額)と利益分配金、即ち、専用乗務車両の総益金から総損金・運送支出金を控除した金額(同表記載の運送収入から運送諸経費を控除した金額)の九四パーセントからなっている(四条、六ないし九条)。

(三) 五一規則及び本件規則の規定

(1) 諸施設費(営業総掛費)及び燃料費について

一〇条(支出項目の協定)

営業総掛金…の変更は労使協定により行い、燃料費…については通常時価に基づき計算し、大阪市域で営業する個人タクシーの一団体の共同購入時価を越えない。

一七条(利益分配金規定表)

燃料費LPG一立当り・五一規則四四円五〇銭、本件規則五八円土地、諸施設費・五一規則LPG使用量一立当り一〇円

(2) 利益分配制の実施について

一二条(利益分配の中止)

利益分配制を実施する本務運転者に対し、交通事故及び欠勤、怠惰、又はその他の事故により当月の特定乗務車に関する損益計算で、収支損失金を生じ会社に損失を与えた場合には当月又は、数か月の間、利益分配制による利益分配を行なわない。

一八条(運賃改訂と労使配分)

本務運転者の賃上げは、タクシー運賃改訂後における運送収入(水揚げ)の増収分を確認の上、会社三〇パーセント、本務運転者七〇パーセント(基本労働賃金及び利益分配金の合計)の割合に基づき、労使が配分を行なう。但し、右の詳細は労使の交渉に拠って定める(以下、七・三協定という)。

3  燃料費(以下、LPG費という)及び諸施設費の推移

(一) 被告は、同五四年八月、連合労組と、LPG費を一立当り六〇円、諸施設費をLPG一立当り一二円(以下、何れもLPG一立当りの価格を示す)に変更する旨合意し、同年九月一日から実施した。右合意の文書化や五一規則の変更手続は行なわれなかったが、本件訴訟に至るまで、諸施設費の値上げについて、原告らから異議が出たことはなかった。

(二) 被告は、LPG費を、同年一二月六九円、同五五年五月七二円、同五九年一〇月七六円にそれぞれ改訂し、実施した。

(三) 相互タクシー三社は、同年一二月七日、全相労と、LPG費を六八円とする旨の協定(以下、五九協定という)を締結し、被告は、その旨、五一規則一七条を改訂し(以下、五九規則という)、同月二六日、労基署に届出、同六〇年一月実施した(<証拠略>)。五九協定及び五九規則は、これ以上LPG費を引下げた場合は七・三協定を実施する旨規定していた。

(四) 相互タクシー三社は、同六一年一〇月二一日、全相労と、LPG費を五八円とする旨の協定(以下、六一協定という)を締結し、被告は本件規則一七条を策定し、実施した。六一協定及び本件規則も、これ以上LPG費を引下げた場合は七・三協定を実施する旨規定している。

(五) 被告は、右LPG費の改訂に当り、総連労組とも交渉したが、同労組は時価計算を主張し、被告は時価によるなら七・三協定を同五二年に遡って実施すると回答したため、合意に至らなかった。

(六) 五一規則策定後現在まで七・三協定の完全実施はされていない。

4  被告によるLPG費、諸施設費の徴収

(一) 原告らは、本件係争期間、別紙LPG使用量一覧表記載のLPGを使用した。

(二) 被告は、右期間、本件規則一七条に基く運送諸経費としてLPG費五八円、同五四年八月改訂による諸施設費一二円を各徴収し、原告らに対する利益分配金を算定した。

5  本件係争期間におけるLPGの時価等

(一) 業界紙に発表された個人タクシー団体のLPG共同購入価格は、同六二年三月から九月まで四〇円、同年一〇月から同六三年一〇月まで四四円、同年一一月、一二月四二円、平成元年一月から三月まで四三円、同年四月から八月まで四四円、同年九月から一二月まで四五円、同二年一月、二月四七円四〇銭、同年三月から七月まで四八円四〇銭、同年八月、九月四六円三〇銭、同年一〇月五四円六〇銭、同年一一月、一二月五九円二〇銭、同三年一月、二月五七円七〇銭、同年三月五五円一〇銭であり、被告が、本件係争期間(但し、平成二年一一月、一二月を除く)、原告らから徴収したLPG費はこれを越えている。

(二) 被告は、五〇協約及び五一規則の締結、策定当時から給油施設を有しない。

二  争点

1  被告が、本件係争期間、本件規則一七条により原告らからLPG費五八円を徴収したことは、一〇条後段に違反するか。

(原告)

(一) 本件規則一〇条後段は具体的法規範として労使を拘束し、一七条に優先する効力を持つ。

(1) 前記被告におけるタクシー乗務員の賃金体系(利益分配制)の下では、総損金・運送支出金(九条)の算定が極めて重要な意味を持つため、五一規則及び本件規則一〇条は、運送支出金(運送諸経費)の算定に関し、特に被告の恣意を排除し、公正を担保することを目的として設けられた。そのため、同条は、「通常時価」の観念されない営業総掛費等は労使協定により決定することとし(前段)、「通常時価」が観念される燃料費等は「通常時価」に基づき計算し「個人タクシーの共同購入価格」を越えてはならないことを明記したのである(後段)。したがって、一〇条後段は法規範として効力を有するのであり、単なる指針を示す宣言的規定ではなく、一七条は一〇条後段に基づき被告が決定したLPG費を確認的に記載するに過ぎない。

(2) 五一規則一七条に定めたLPG費は大阪陸運局認可の社団法人全大阪個人タクシー協会の共同購入価格を越えておらず、その後も、被告において、昭和五九年一〇月まで(同五四年九月の改訂を除く)、LPG費を個人タクシーの共同購入価格以下に設定してきたことは、一〇条後段が具体的法規範として被告を拘束してきたことを示すし、被告も、同六三年一一月、LPG費が個人タクシーの共同購入価格を越えた時にも、一〇条の右効力を承認していた。

(3) 被告は、一〇条後段は宣言的規定であり、LPG費は、労使慣行により、労使の協議・合意により決められている、と主張する。しかし、一〇条後段は法規範として効力を有するのであり、また、同五四年以降六回のLPG費改訂において、連合労組との交渉によって決定されたのは、同五九年一二月、同六一年一〇月の二回のみであり、総連労組は結成後三回の改訂の何ずれについても被告と合意したことはない。被告主張の労使慣行は存在せず、連合労組との合意は同組合員でない原告らを拘束しない。

(4) 被告は、一〇条後段は七・三協定の実施と一体をなしており、七・三協定が実施されていない以上、LPG費が個人タクシーの共同購入価格を越えることも許される、実際の運用は、七・三協定を実施し、LPG費を個人タクシーの共同購入価格とした場合より、タクシー乗務員に有利となっている、と主張する。しかし、前記のとおり、一〇条後段はそれ自体法規範としての効力を有するのであるから、七・三協定を実施しないからといって、これを僭脱することは許されない。また、実際の運用がタクシー乗務員に有利になっているともいえない。

(二) したがって、本件規則一七条に定めるLPG費が個人タクシーの共同購入価格を越えている場合は、一〇条後段により超過部分は無効であり、LPG費は個人タクシーの共同購入価格と同額となると解すべきである。

(三)(1) 被告が、本件係争期間、原告らから徴収したLPG費は個人タクシーの共同購入価格を越える限度で無効であり、原告らに対する未払賃金となる。

(2) 原告らの賃金計算は月単位でなされ、個人タクシーの共同購入価格も月毎に判明するから、原告らに生じた未払賃金も月単位で算定すべきである。したがって、原告らの各月のLPG使用量に被告が徴収した五八円と当該各月の個人タクシーの共同購入価格の差額を乗じた金額の九四パーセントが原告らに生じた燃料費不当徴収による各月の未払賃金である。

(被告)

(一) 五一規則及び本件規則に定める利益分配制の趣旨を総合、考慮すると、本件規則一〇条後段はLPG費決定の一般的指針を示す宣言的規定に過ぎず、LPG費の具体的価格は一七条によって確定する。

(1) 五一規則及び本件規則の定める利益分配制の下では、適正な賃金及び諸経費は種々の要素を比較衡量しながら総合的に算定されるのであり、LPG費も他の項目と無関係に定められるものではない。そもそもLPGの市場価格は刻々と変化し一義的に確定できず、給与計算の際、その時点の市場価格は不明であること等からすると、LPG費に市場価格を直ちに連動させることは妥当ではない。

(2) 前記七・三協定は運賃値上げに伴う水揚げ増加分の配分に関する規定であるが、被告は、同五二年五月、五四年九月、五六年九月、五九年七月の運賃改訂に際し、七・三協定を実施すると、LPG費を市場価格に設定してもタクシー乗務員に不利になる状況が生じたので、連合労組との間で、七・三協定を実施せず、その代わりLPG費の操作により水揚げ増加分の配分調整をすることを合意し、そのとおりの運用を行なってきた。

(3) 従来LPG費改訂は、常に労使の交渉の下、LPG市場価格の変動や七・三協定と関連づけ弾力的に決定され、それが労使慣行となってきた。それ故、LPG費は、同五四年九月、一二月、五五年五月、五九年一〇月、同六〇年一月において、個人タクシーの共同購入価格を上回っていたが、原告らからも格別の異議なく運用されてきたのである。

(4) 以上によると、本件規則一〇条後段はLPG費決定の指針を示す宣言的な規定に過ぎず、具体的なLPG費は一七条の定めによると解すべきである。

(5) 仮に、五一規則策定当時、一〇条後段がLPG費の上限を画す効力規定であったとしても、その後、これと異なる運用が続けられ、五一規則も改訂されたことにより、その効力を失った。

(二) 本件規則一七条はLPG費を五八円と定めており、被告はこれに基づき原告らからLPG費五八円を徴収しているから何ら不当ではない。

(三) 一〇条後段がLPG費の上限を画すとしても、(一)記載のとおり、適正なLPG費は、本件規則に定める諸般の事情を考慮し、労使の交渉によって決められるのであり、直ちに個人タクシーの共同購入価格と同額となる訳ではない。それ故、LPG費五八円が不当であるとしても、労使交渉による決定がない以上、適正なLPG費は未確定である。原告らの請求は本件規則一七条の改訂を求めるに等しく、労使の交渉に委ねて決すべき事柄である。

2  被告が、本件係争期間、諸施設費一二円を徴収したことは不当か。

(原告)

(一) 諸施設費は給油施設費用として計上されたものであるが、被告には同六二年三月以降給油施設はないから、本件係争期間、給与施設費用として諸施設費を徴収することは不当である。

(二) したがって、原告らの各月のLPG使用量に一二円を乗じた金額の九四パーセントが、原告らに生じた諸施設費の不当徴収による各月の未払賃金となる。

(被告)

(一) 諸施設費は給油施設費用ではなく(右施設は同四六年四月二一日に廃止)、利益分配額調整のため、運送諸経費の一費目として計上したものである。

(二) 諸施設費は五一規則一七条に一〇円と定められていたが、被告は、同五四年九月、連合労組との合意により、一二円に改訂し社内に告示、給料計算書にも明示し、タクシー乗務員全員に周知徹底してきた。右は就業規則の変更(但し、労基署への届出はしていない)であり、本件規則一七条に引継がれている。

(三) 仮にそうでないとしても、被告は、右改訂後一〇年間にわたり、諸施設費一二円を徴収し、争いはなかったのであるから、右は労使慣行となった。

(四) 被告は、本件規則一七条または労使慣行により、諸施設費一二円を徴収しているのであるから、正当である。

3  利益分配停止期間における未払賃金

(被告)

(一) 本件規則一二条によると、収支損失金を生じる月(以下、赤字月という)は利益分配をしないことになっている。したがって、赤字月にはLPG費、諸施設費徴収による未払賃金は生じない。

(二) 原告らには、別紙赤字月一覧表(略)記載のとおりの赤字月がある。

(原告)

赤字月における赤字(運送諸経費と運送収入の差額)は翌月に繰り越され、利益分配金計算の際に運送収入から控除される。したがって、赤字が解消できず、利益分配金のない者を除き、被告の主張は失当である。

4  原告吉田俊之の見習期間

(被告)

本件規則一一条によると、見習運転者としての勤務期間は利益分配金が支給されない。原告吉田は、同六二年三月から同年五月まで、見習運転者であったから、右期間、同原告主張の未払賃金は生じない。

(原告)

原告吉田は同五六年に被告に入社しており、被告主張の期間は見習運転者ではなかった。

第三判断

一  争点1について

1  五一規則制定までの就業規則等の改訂経緯(<証拠・人証略>)

(一) 相互タクシー三社は、昭和四七年三月、運賃改訂を機に、全相労と団体交渉をした結果、タクシー乗務員は一定車に乗車しながら当該車両の経済的管理を行ない、当該車両の運送収入から運送経費を差引いた利益をタクシー乗務員と会社が分配する(労使利益分配)、運賃改訂増収分はタクシー乗務員七〇パーセント、会社三〇パーセントの取分とする(七・三分配。但し、当分はタクシー乗務員八五(ママ)パーセント、会社二五(ママ)パーセントとする)こと等を基本とする賃金体系を定める「新運賃と車輌利益分配大巾増額の件」と題する指示書を告示し、同年五月、同内容の自主本務賃金規定(運転者賃金規定の一部改正)を策定、実施した(同年七月四日、中央労基署へ届出)。

(二) 被告は、同年七月二六日、全相労、連合労組との間で、右同内容の労使利益分配(当該車輌の運送収入から、当該車輌に要した、労働賃金、燃料、修理費、車輌償却費及び経営上の諸掛りを差引いた残額の概ね全部を利益分配として当該自主本務に支給する)及び七・三分配(但し、労資団交の上詳細を定める)等を骨子とする「労資基本協約」を締結した。

(三) 被告は、同四九年三月一八日、連合労組と、同年一月二九日実施の暫定運賃改訂による運送収入増加分三月度分の分配について暫定的調整措置及び車両赤字切捨て制の調整を内容とする協定を締結し、同年五月一一日、全相労、連合労組と、右暫定運賃改訂に伴う増収分の七・三分配につき、水揚営引、車両営引等の配分率の調整により会社配分率を二八・五%とする旨の協定を締結した。

(四) 相互タクシー三社は、全相労及び三単組と、同五〇年四月二三日、四七年労資基本協約と同内容(字句の訂正がある)の「労資基本協約」及び同四九年一一月一日の本運賃改訂に伴う増収分の七・三分配の実施は同五〇年末の実績により行なうこと等を内容とする協定を締結した。

(五) 相互タクシー三社は、同五〇年一二月二五日、全相労及び三単組と、四七年及び五〇年労資基本協約中、基本的労働賃金及び労使利益分配について労働協約を増加する事情を生じたとして、改めて五〇協約を締結、被告は五一規則を策定し、一〇条を新設した。

2  五一規則の運用、改訂とLPG費の推移等〔<証拠・人証略>〕

(一) 相互タクシー三社は、同五三年一月六日、同五二年五月の運賃改訂に伴い、全相労と協定し、被告は五一規則を改訂、労基署に届出たが、右改訂は労働基本賃金の改訂、労使利益分配率の変更(五一規則ではタクシー乗務員の分配率は夜勤八五パーセント、昼勤九五パーセントであったが、いずれも九四パーセントとなった)等であった。

(二) 被告は、同五四年八月、運賃改訂と原油暴騰を契機として、連合労組との口頭合意により、LPG費を四四円五〇銭から六〇円に変更した。

(三) 被告は、同年一二月、同五五年五月、LPG費をそれぞれ六九円、七二円に改訂したが、いずれも連合労組の同意は得たものの協約締結や就業規則の変更を行わず、社内告示により告知した。

(四) 相互タクシー三社は、同五九年八月二二日、同年七月の運賃改訂によりLPG費を七六円とし同年九月二一日から実施する旨を一方的に告示した。全相労は、これに反対し、団体交渉を続け(総連労組も被告と交渉していた)、その結果、相互タクシー三社及び全相労は、同年一二月七日、LPG費を六八円に改訂し、同月二一日から実施することに合意し、五九協定を締結、被告は五九規則を策定し、労基署に届出た。五九協定、五九規則は、五〇協約、五一規則第一〇条を再確認した上、LPG費をこれ以上引下げた場合は七・三協定を実施する旨定めていた。右は、相互タクシー三社は、五一規則実施後、全相労の強い希望により七・三協定を実施していなかったため、七・三協定不実施によって生じる不利益はLPG費の調整によって填補することを許容する趣旨であった。

(五)(1) LPGの市場価格は同六〇年四月から下がり始め、同六一年六月ころには個人タクシーの共同購入価格は四六円ないし五二円となったため、全相労は、同年七月一一日、相互タクシー三社に対し、LPG価格の暴落に伴うLPG費の改訂を申入れ、労使は、団体交渉の結果、同年一〇月二一日、LPG費を五八円に引下げるが、これ以上引下げる場合には七・三協定を実施する旨の協定を締結し、被告は本件規則一七条を策定した。右協定の趣旨は五九協定と同様であるが、労使は、LPG費を個人タクシーの共同購入価格に抑えても、七・三協定を実施すれば実質賃金の減少を招くとの認識で一致していた。

(2) 被告は、同月一八日、総連労組との団体交渉において、LPG費を六〇円に引下げると回答し、総連労組が、LPGの市販価格は四三円であるのに六〇円とする理由は何か、五一規則の定めるとおり、個人タクシーの共同購入価格を越えないよう四三円以下にすべきである、と質したのに対し、LPG費は利益分配制に基づく経費の案分として、七・三協定の実施、不実施と密接に関連するのであるが、同五二年、五四年、五六年の運賃改訂の際には七・三協定は実施しておらず、そのため、同五九年LPG費を六八円に引下げるに当たっては、これ以上LPG費を引き下げる場合は七・三協定を実施することを協定したが、今回のLPG費の改訂に当たっても七・三協定は実施しないのであるから、LPG費を直ちに個人タクシーの共同購入価格以下にすべきものではないとの立場を示した。これに対し、総連労組は、LPG費を個人タクシー並の価格にするなら七・三協定を実施しても構わない、と主張した。総連労組は、同月二二日、被告と再度団交を持ったが、合意には至らなかった。

3  業界紙によるLPG市場価格の推移〔<証拠・人証略>〕

五一規則制定以後のLPG市場価格の推移は別紙「LPG価格変遷経過」(略)記載のとおりである(なお、「協力会価格」とは、昭和六一年一〇月ころ発足したスタンド業者と全大阪個人タクシー協力組合で構成する全大阪個人タクシーガス協力会の決定した価格である)。

4  以上の事実に基づき判断する。

(一) 五〇協約、五一規則一〇条後段(以下、時価計算条項という)の趣旨、効力

争いのない事実3(一)ないし(三)、前記認定事実1、2(四)、3を総合すると、相互タクシー三社は昭和四七年からタクシー乗務員の賃金体系に利益分配制及び七・三分配制を導入、実施してきたが、時価計算条項は五〇協約、五一規則において初めて諸経費控除方法の改訂として設けられ、同規則一七条はLPG費を大阪個人タクシー協同組合の共同購入価格以下に設定していたこと、その後のLPG費は概ね個人タクシーの共同購入価格以下で推移しながら、被告が一方的にLPG費を値上げした際、同条項は五九協定、五九規則において再確認され、被告も七・三協定と関連付けながらも同条項の拘束力を承認していたことが認められ、その他、五〇協約、五一規則各条項の文言、趣旨等に照らすと、同条項は、五〇協約においては規範的部分を組成し、同協約に基く五一規則においてはLPG費を個人タクシーの共同購入価格以下に設定すべきとの法的拘束力を有する規定であると解するのが相当である。

(二) 時価計算条項の運用、改訂、変更

(1) 争いのない事実3(一)(二)(三)(六)、5、前記認定事実1(三)(四)、2(二)(三)(四)、3(証拠・人証略)を総合すると、被告は、五一規則実施後、七・三協定にも拘らず、全相労の希望により、それまで行っていた七・三分配の完全実施はしなくなり、その後、時期は明確ではないが、全相労及び連合労組との団交ないし事実上の交渉において、七・三協定の実施、不実施とLPG費を関連付け、七・三協定を実施しないことによる損失をLPG費の調整によって回復することを求め、全相労らも、七・三協定の完全実施は実質賃金の低下を招くとの理由でこれを承認し、以後、LPG費は、時価計算条項によらず、被告と全相労らとの協議により、利益分配における諸事情(被告の経営利益とタクシー乗務員の実質賃金との均衡)を勘案して決定され、その結果、LPG費は、同六〇年四月(但し、同五九年九月二一日から一二月二一日までを除く)まで、事実上、個人タクシーの共同購入価格以下で推移してきたと認めるのが相当である(原告定塚は、同五九年一〇月以前のLPG費改訂は被告の一方的告示によるものであると供述するが、全相労らは、同五九年八月のLPG費増額の時以外LPG費改訂に対し何らの異議を唱えた形跡はないから、それ以前のLPG費改訂について協議、同意していたと推認される)。

(2) 前記認定事実2(四)によると、五九協定及び五九規則は右認定の時価計算条項の運用を明文化したものと解される。即ち、五九協定及び五九規則は、時価計算条項を廃止した訳ではないが、多数派組合たる全相労及び連合労組との合意に基づき、七・三協定を実施しない限り、LPG費は時価計算条項によらず決定しうる旨を定めたものであり、時価計算条項はその限りで実効性を有するに過ぎず、LPG費の上限を画するものではない。

右は五一規則の変更であるが、(証拠略)によると、右変更は、七・三協定を実施し、LPG費を個人タクシーの共同購入価格とした場合より有利な取扱と認められるから、不利益変更とはいえない。また、五九規則によるLPG費の改訂は旧LPG費の減額であるから不利益変更ではない。

(3) 前記認定事実2(五)によると、六一協定及び本件規則が五九規則の右趣旨を踏襲するものあ(ママ)ることは明らかである。したがって、七・三協定が実施されていない本件係争期間において、時価計算条項はLPG費の上限を画するものではなく、本件規則一七条がLPG費を五八円と定めたことにつき同条項違反の問題は生じる余地がない。また、本件規則一七条によるLPG費の改訂は旧LPG費の減額であるから不利益変更ではない。

(三) 原告らは総連労組の組合員であり全相労ないし連合労組に属しないが、五九規則及び本件規則の一般的な効力に服することは明らかである(なお、総連労組は被告との間に独自の労働協約を持たない)。

(四) したがって、被告が、本件係争期間、本件規則一七条に基づき、原告らからLPG費五八円を徴収したことは正当である。

二  争点2(諸施設費)について

1  諸施設費は、昭和四七年の利益分配制導入後、水揚一パーセントを土地諸施設経費として控除していたものを、五一規則によりLPG使用量に比例した額を課すと改訂したものであること、被告の給油施設(液化石油ガス製造施設)は同四六年に廃止されていることによると、諸施設費は、右規則制定当時から、給油施設の存在を前提に計上されたものではなく、被告のガレージ、建物の維持管理等の費用として計上されたものと認められる(<証拠・人証略>)。したがって、原告らの給油施設が存在しないことを理由とする請求は失当である。

2  次に、諸施設費額について検討する。

(一) 被告は、昭和五四年九月、五一規則一七条に定める諸施設費を一二円に改訂した。右改訂は、就業規則の改訂手続によってはいないが、運賃改訂とオイルショックによるLPG価格の高騰を原因として、当時唯一の組合であった全相労との口頭合意に基づき行なわれたものであること、右諸施設費改訂は、社内告示と毎月の給料計算書の交付により、タクシー乗務員に告知されていること、本件訴訟提起までタクシー乗務員から異議が出たことはないことが認められる(<証拠・人証略>)。

そうすると、右改訂は、労基法九〇条一項、一〇六条の要件を満たしているから、五一規則の改訂である(労基署への届出がないことは改訂の効力に影響を及ぼさない)。

(二) 右で認定した諸施設費改訂の経緯、内容及び改訂後もタクシー乗務員から異議は出ていなかったことを勘案すると、右諸施設費改訂には合理性がある。

3  したがって、被告が、本件係争期間、本件規則一七条に基づき、原告らから諸施設費一二円を徴収したことは正当である。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 黒津英明 裁判官 岩佐真寿美)

当事者目録

(第一事件原告)

原告1 定塚卓三

外七六名

(第一、第四事件原告)

原告78 阿部勝好

原告79 柳川保男

原告80 山下静光

(第一事件原告)

原告81 芝実

原告82 井上博行

(第一、第四事件原告)

原告83 森津憲一

(第一事件原告)

原告84 佐藤哲夫

原告85 山寺泰久

(第二事件原告)

原告86 疋田公男

外十一名

(第三事件原告)

原告98 中尾猛

右原告ら訴訟代理人弁護士 小林保夫

同 松尾直嗣

同 芝原明夫

同 村松昭夫

同 坂田宗彦

被告 大阪相互タクシー株式会社

右代表者代表取締役 多田精一

右訴訟代理人弁護士 清水直

同 平出晋一

同 久保田紀昭

同 俵正一

同 小川洋一

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例